・死にたい、と本気で思う人に、例えば生きろとか、楽しい事が待っているとか、
そんな言葉は全く役に立たない。今ははっきりそう言える。
ちょうど30分前、橡は猛烈な眠気に苛まれていた。
いつの間にか視界が暗くなる位の眠気だ。自分が目を閉じている事にすら気づかないのである。
こんな時には我慢しても無駄で、かと言ってまだ眠るには早く、
よしこんな時はもっと眠くなるような事をしようと思って外へ出た。
構内のある一画は広場と、それを囲むように垣根とベンチ、そしてその外側は世界樹のようにうねった太い枝を数え切れないほど持つ大木が、夜に向かって葉を広げている。
ベンチの一つに寝転がり、音楽を聴きながら灰色の曇り夜空を風が裂いて紺の裏地をのぞかせているのをぼんやりと眺めた。
とは表現したものの、実際の所星の無い夜空に見るものなんか何もない。呆けてはいたが眠くはならなかった。集中を求められないのが逆によいのだろう。現代はどこもかしこも文字で溢れている。私たちはいかなる場合もそれをなぞり解読しなければならない。
4曲目が終わったので跳ね起きた。そして今まで寝ていたベンチを見、
凍り付いた。7月なのに。
・街灯の乏しい灯りに照らされたベンチは、背もたれが落とす影で角の部分が暗くなっている。
そして、今、確かにそこを這っていったのだ、
闇よりももっと黒い、小判くらいの大きさのが。
あれはまさしくアレである、その名を口にするのも憚られる、アレだ。
声も出なかった。
無言でシャツやズボンを念入りにバタバタとはたくと、追われているわけでも無いのに夜道を駆け出した。
眠気?そんなの一瞬で消え失せましたよ。
まだ這い回っているような感触が、ふとももに来たかと思えば次は二の腕と、
体を隈なく舐めては消える。
死んでしまいたい。
・その感触は、部屋に戻った今も消えず、
それは自分の心が感じさせているのか、もっと小さいものが本当に這い回っているのか、
解らなくなってしまった。ああああああ
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