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「 雨を待つ 」
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・嵐の前には風が来る。

郊外の商店街には高層ビルと呼べる代物は一つとしてなく、
開けた空には風にたなびく雲が、挽きたてのコーヒーに落としたミルクのように忙しく渦巻いていた。

商店街を通り、そろそろ乱雑な軒並みに感じる情緒に食傷が勝る頃、美容院に辿り着いた。

広く見せるように計算された内装がガラス張りの壁越しに見える。
その洗練された佇まいは、雨よけのネットや幌を延べた軒先に商品を盛り上げた周囲のあらゆる店とコントラストを成している。

今年に入ってからこの美容院に通い始めた。
シャンプーはいつもいい香りがするし、常軌を逸した髪型にもされないのである程度美容師に任せても安心できるし、何より気取っていないので中に入りやすい。


今日、今後のわが身の振り方が決まった。
最低でもこの先2年は今日敷かれた道路の上を、多少交通ルールは逸脱するにせよ、そろそろと進んでゆくだろう。
あと半年で、僕はこの街を出てゆく。
別の街に住めば、わざわざこの長く続く商店街を歩くような事はしなくなるかもしれない。
ここに通うのもあと2回、多くて3回か。


その人の良さそうな金髪の美容師は、シャンプー後の重く濡れそぼった髪を摘まんで持ち上げながら言った。マスカットの香りと水飛沫が辺りに煌く。
「じゃあ、ソフトモヒカンっぽくしましょう。」

どんな方程式を解いたらその解は導けるのか、門外漢の自分には皆目見当もつかなかったが、余計な口を挟むのも無粋だと思ったので仕上がりを待つ事にした。



日本語の長所は、どこまでもニュアンスを曖昧に出来る点にあると思う。
水彩絵の具の色の乾かぬうちに、水を含んだ絵筆で淡く、淡く滲ませるように。
「ソフトモヒカンっぽい」髪型には最早モヒカンの片鱗すら見出せず、
「頭頂部の髪の長さが、その横よりも若干長いような気がする」頭が鏡に映るばかりだ。


切りくずを落とす為にまたシャンプーをした。本日2回目のシャンプーだ。
いや、美容院に来る前に身だしなみとして髪を洗ったから3回目か。
泡が目に入らぬように目を瞑ると、シャワーの雑音で現実は引き剥がされる。
眠るときよりはっきりと、眠るときより暗く。
人は生まれる前、こんな音と風景に囲まれているのではないだろうか。
いつともなく始まり、突如として終わるシャワー。始まる光と終わる闇。自由と放縦は已み、人生というあらゆる束縛と未来が揺れる触手で赤子を絡めとろうとする。


ガラスの扉の向こうの街には、今にも雨が降りそうだった。
街は不安げで、雨が落ちるのを今か今かと待っているようだった。
産まれるのを待ち、変わる事を待ち、
そしていつか死ぬ事を、人も心のどこかで待ち続けている。
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