忍者ブログ
「 常夜 」
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

常夜
・眠らない23時の街を歩く人々は、昼間の彼らとはどこか違う。

まるで人間の格好をした彼らの霊魂を見ているかのようだ。
彼らには、健全なる肉体に健全なる精神が宿ったりする事はあるのだろうか。
どうも想像する事ができない。

休日の昼、大都会のスクランブルは人で溢れかえる。
そんなときふと思うのだ。この人だかりをなす存在たち、
交差点に複雑な紋様を編んで思い思いの方向へ進む一人ひとりは、
果たして全員が自分と同じ人間なんだろうか、と。
見た目が人間であるだけで、実は他の誰かに遠隔操作されているだけのアンドロイドや、
仮初めの肉体を得たこの世ならぬものも、ここにはいるのではないか。
他人に関心を微塵も払わないこの街を苗床にして。

深夜の街には人が殆ど居ないが、そんな思いを抱いてしまうのは、
重く垂れ込めた闇夜の帳の所為だろうか。
それとも、行き交う人がみなどこか、地上に居場所を無くし始めているような、
ここからは見えない世界をしっかと見つめているような、目をしている所為だろうか。



中年のカップル。辺りを見回しながら車道に大きくはみ出して進む二人はもちろんいくばくかのアルコオルを摂取しているのだろう。
オレンジの光だけが支配する大通りを、車は摩擦の全くない氷を斬るスケートの刃のように淀みなく滑っていく。
タクシーはブレーキはおろかハンドルを切る素振りすら見せない。
街灯が舐めていくウィンドシールドの向こうの運転席には誰も座っていないみたいだ。そうであっても何の不思議もない。
なにやら禍々しいほど強い力に引かれてどこまでも一直線に進む車を見送る事に業を煮やした女性は、しまいには猛スピードで幹線道路を下るゴミ収集車に手を挙げ、連れの男性に「あんなスピードで走っていたんじゃ、止まってくれないよ。」と窘められていた。

猛スピードだろうが低スピードだろうが、ゴミ収集車が止まるのはゴミ置き場以外に無い、スピードの問題じゃないだろうという馬鹿正直な横槍も、普段は密林の水辺に棲む動物のように路肩をそろそろと進む車が自分の隠れた本能を蘇らせ、法定速度の倍ほどの速さでオレンジの草原を駆け抜ける姿を見せられると、魔法をかけられたみたいに硬さも鋭さも失ってしまうのだった。



人間は夜を明るくするべきではなかったのだ。
長い歴史の間、闇夜に溶けるようにして身を潜めていたもの、太陽の下では決して露わに出来ないものが、今や見目形を曝け出し、跋扈することで夜の静けさの端を引き裂いている。
サロンの一室で密やかに繰り広げられる夜毎のグロテスクな宴を、両開きの扉を開けて見てしまった時のような、後ろめたさと嫌悪感と好奇心の混交に、夜の街では何度も出逢う。

朝、宴は全て片付けられ、騒擾は空間の何処にも見出せず、そこにはただ陽光の中での生活を、昼間の姿の演技を始める人々の作る、物憂い揺らぎがあるだけだった。
夜の敷布はどこまでも裂けていくことはなく、きっと端の綻びがそれ以上進まないように編まれているのだろう。
オレンジの街燈に照らされた夜は、水を湛えた陶器の甕に僅かに入った罅にすぎないのかもしれない。水は漏れることがない。
これまで通り、人は光の下で自己を演じ、闇の中で本能に遊ぶ。
PR
■ Comment Form
Subject

Name

Mail

Web

Color
Secret?
Pass
Comment Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

■ Trackbacks
PREV ← HOME → NEXT
忍者ブログ [PR]
 △ページの先頭へ
Templated by TABLE ENOCH