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「 文学 」
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37℃
・「ベティ・ブルー」



「スタンドの連中も驚いていたよ」

「大型車は文明の最後の輝きだ」



「文明の輝きを君に贈るよ」
「バカね」



・ベアトリス・ダールの唇に一目惚れをした。
彼女の唇があんなに捲くれてなくて、フランスではない国で作られた映画だったら、
棚のどこにパッケージが置いてあろうとも気付くことは無かっただろう。

Mr.Childrenの歌に「ミシェル・ファイファーの唇が好き」という歌詞があったのを唐突に思いだす。
ミシェル・ファイファーの唇にはあまり惹かれなかったが、何十年過ぎようとも翳る事を知らないあの美貌にはある種の妖気さえ感じて身震いが出そうになる。

おっとベアトリス・ダールである。彼女演じるベティと、パートナーのゾルグ。
2人の甘い生活は激しく、バカらしく、慈愛に満ち、そして身を切るほどに辛い。
情動と静謐とを縫うようにして色彩は綾を織る。ドレスの赤、海の青さ、乾いた砂と黄色のメルセデス。
どこからこの生活は変わっていったのだろう。
さまざまな色を見せたこの時間に、分かれ道を見付ける事は、恐らく出来ない。



・というわけで、大変良き活動写真ゆえ観てほしい。
3時間で笑い転げたりアンニュイになったりするの映画はなかなかない。はず・・・
シーンそれぞれも色使いがよくて洒落ていると思うのだけど、セックスシーンから始まるのであまり堂々と薦めまくれないのが遺憾だ。
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・5/1のこと。
家庭教師先の生徒が「GW中の宿題が・・・」とか言っていたが、次に行くのは10日になった。つまりはGWはまるっと休みという事だ。

自分だけ あると思うな 運と宿題。
教師にだって宿題はあるのだ。
先ずは紙媒体から。

・「藤子・F・不二雄 異色短編集」1~4
「ドラえもん」を小さい時にテレビで見たり、漫画で読んだりした世代の多くの人は、ドラえもんを健全な漫画だと思うらしい。しかし漫画を読むと実は凄惨極まる話もあって、ステレオタイプな「子供向けの話」を作る事と作者の対峙みたいなものが見えてくる。それをさらに推し進めたものがこの「異色短編集」には載っている。
各巻の題名がまたすごい。

「ミノタウロスの皿」
「気楽に殺ろうよ」
「箱舟はいっぱい」
「パラレル同窓会」

収録されている短編の題名から採っているのだが、そこからも作品全体を包む雰囲気を窺い知る事が出来る。


・「パイドパイパー」浅田虎ヲ
この漫画家の名前はどこかで聞いた事がある。森博嗣の「すべてがFになる」の漫画を描いた人だ。この小説の登場人物についてはイメージが出来上がっていたのでこの人の絵は正直受け付けなかった。
しかしこの漫画は面白い。話は全くつかめない(特に1,2巻のあたりは)が、それでもいいと思う程に絵が良い。擬音の描き方や構図の取り方、独特の表現手法など、いたる所で実験のような表現が使われ、「孤高」という言葉を当ててもいいのでは、と思える作風に仕上がっている。



宿題は紙だけではない。次は映像。


・「コードギアス 反逆のルルーシュ」
何の変哲もない、どちらかというとオタク寄りのアニメ・・・をなぜ観るかというと、オタクを最近自認しているから、というのもあるが、ストーリーが中々面白いからだ。貸してくれた友人曰く「デスノートみたい」だそうで、確かに結末は読めない。
でも一番の理由は、主人公ルルーシュの声がカッコよすぎるという点につきる。


・「Elizabethtown」
洋画です。昨日知って昨日好きになって昨日借りた。最近気づいたのだけれど、「父と息子の物語」とか「受け継がれる意志」系の話が意外と好きらしい。まあこれも表向きの理由で、本当はキルスティン・ダンスト(しかもどんどん綺麗になっていく!)が見たいから観る。


・「主人公は僕だった」
試写会の懸賞に一斉放射を浴びせ、引っかかったのがこれ。試写会は7日なので正確にはGWではない。これは次の機会に。



・宿題と似ているものに自由研究がある。今回のGWについては、この自由研究、つまり自分で勝手にこなす(まあそんな事言ったら、他人から借りたものも全て『貸して貸して!!!』とせがんで借りているから似たようなものだが)ものが曲者、と呼んでよいほど幅を利かせているのが特徴である。



・自由研究1「ヤマトナデシコ七変化」
またもや少女漫画にハマってしまうのか。でもこういう「自分で自分の魅力に全く気づいていない、寧ろ自分に魅力は全く無いという考えに固執している女の子の話」は結構好きだ。
今、上の鉤括弧内の文字を見て、これってちょっと不謹慎なのかも、という考えが頭を過るが、好きな事は確かだ。本編をいくつかピックアップした「ベスト」だけを読んだので是非とも本編を読みたい。

少女マンガといえば、「天使禁猟区」をそろそろ読破しないと・・・


・自由研究2「すばらしい新世界」ハックスレイ
SF小説。遺伝子で決まる能力によって、職業も結婚も決められ割り振られる、競争も争いも無い社会・・・という、それなんてデス○ィニープラン?のような話。学校の授業で教官が紹介していたので、まだ「アンナ・カレーニナ」が途中だというのに買ってしまった。どうしよう。


それ以外にも三島由紀夫の「豊饒の海」全巻を衝動買いしてしまうし(衝動買いって、大きいものが似合うよね!)他にも何か買った気がするけど覚えてすらいないし、レンタルビデオ屋からは「俺たちに明日はない」を借りてきてしまうし、これは忙しいGWになりそうだ。不健康なこと極まりないけれど。



・宿題も自由研究もそうだが、大原則がある。
それは「無理な計画を立てない」という事だ。
・またベタなタイトルだな。


Date: 2006年07月24日 00:10

・絵本に心を打たれることがある。横隔膜のある辺りにできた池に、葉っぱがその露をはらりと落としてゆくような、静謐に満ちた感慨。

実際、横隔膜の辺りに水が溜まったら大変な事なのですぐに医者に行ってください。

今日読んだのは「ぼくを探して」という本で、あらすじはこうだ。
主人公の丸っこい物体は、自分のかけらを探している。体の一部が欠けているので上手く転がって進むことは出来ないけれど、カブト虫を追い越したり蝶に泊られたり、歌を歌ったりしながらゆっくりと探してゆく。
途中、いくつものかけらに会うが、形が合わなかったり、「君のかけらじゃないよ」と言ってみんな去ってしまう。しかしとうとうぴたりと合うかけらに出会えた。
嬉しさに心は躍り、完全な形となった物体は速いスピードで転がる。でもその速さはもはやカブト虫も蝶も止まって、話しかけてはくれない程に成ってしまった。歌を口ずさんでも上手く歌えず、違和感は募るばかり。
とうとう物体はかけらと別れる決意をする。かけらをなくした物体は進むのがやっとだが、また蝶が止まってくれた。カブト虫も話しかけてくる。歌の軽快なリズムに乗って、またかけらを探しにゆく。


自分のかけらを探すあたりは、男と女はもとは一体であったが神がそれを切り離してしまった為、人間は失われた半身を求める存在となった、という話 に似ている。(プラトン、饗宴)自分の空隙を満たす何かを、長い道のりで見つけてしまったとき、ぴたりと孔が塞がることに何を感じるだろう。充足感か。閉 塞感か。
こういう考え方もある。クレバスは無限の深さを持っている。だから何をいくら投げ込もうとも、決して満たされはしない。
いや、それはない。誰にでも完全になる瞬間はある。だが、その状態を保っていられないのだ。
「いいものが、いつもいいとは限らない。」これは2年程前から、3日に一遍は必ず自分に言い聞かせる箴言である。でないと、決して「いい」人間で は無い自分に、生きる隙間がもたらされないからだという後ろ向きな考えからの言葉だったが、強ち自分だけに言える事でも無いらしい。

完全な円でいられたら、転がるのはどんなに楽だろう、と考える。この絵本の置いてある所の近くに円周率のポスターがあった。アラビヤ数字は絶え間なく並び、果てしなく続く。掴めないかけらと、割り切れない無理数、生きることはもどかしい。
・ビートルズなら、" Straeberry Fields Forever"。


Date: 2006年05月31日 00:10

・Fixing a hole.

という名前の曲がビートルズにあった。無論メロディは知らない。

気付けば、自転車のパンクを直している。あたり一面マキビシだらけの道を走らない限り、こんなにパンクする事はない筈だ。
自分だけが、やたらにタイヤに穴を開けてばかりいるような気がする。

自分で直せる範囲のことは結構直してきたつもりだ。
タイヤがぐずぐずと凹んでいる。自転車屋へ押してゆく。主人はまたか、と言いたそうな顔をする。どうやら顔を覚えられたらしい。これだけ通っていれば顔くらい覚えるのかもしれない。
そんな、二人で作るルーティンワークが、何となく疎ましく感じて、解決策として自分で直す事に決めたのは中学生だったか高校生だったか。
思えば、結婚願望が無い事を感じたのもこの頃だった。二人で作るルーティンワーク。

タイヤを外し、チューブを引っ張り出す。空気を入れて水に付け、穴を見つけて塞ぐ。全ての孔が、そうやって塞がればいいと思う。

I'm fixing a hole where the rain gets in
And stops my mind from wandering
Where it will go(Fixing a hole/The Beatles)
・音楽でも、アルバムと同名の曲に限ってあまり良くなかったり、しますよね。


Date: 2006年05月11日 01:08

・「ブラームスはお好き」を読んでいる。サガンを読むのは3年ぶりくらいだ。
序盤にこんなくだりがある。
「彼女のせまい頭脳のなかには、人生や、男や、女に対する彼女なりの考えが沢山つまっているにちがいない。しつっこく問いつめれば、彼女は人生観 というようなものを話してくれるだろう。かれは問いつめてみたかった。だがかれは、毎度のようになんとなく遠くからながめて感心しているだけだった。」 (『ブラームスはお好き』サガン、朝吹登水子訳、新潮文庫)

話すのはあまりしないけれど、人の話を聞くのは結構好きだ。
高校の時、休み時間特に何もする事が無い時は机に突っ伏し、周りから聞こえてくる音に耳を澄ませた。不思議なことに、5グループくらいの会話が一度に頭に入ってきて、いちいち聴く事が出来る。聖徳太子と違う処は、顔を上げると殆どの内容が抜け落ちてしまう事だけだ。
盗聴・・・かもしれないけれど、なんかちょっと違うような・・・とりたてて言い訳もしないまま、曖昧な気分でいろんな人のいろんな考えを覗いた。覗いたから盗聴か。だめじゃん。

その通り、問い詰めさえすれば人生観でもなんでも語ってくれないことは、ないのかもしれない。けれどそうして聞き出した事に新鮮味はあるのか。こ こは取調室でも告解室でも無い。何気ない会話、ちょっとした癖が零れ落ちる。葬式の時、つい参列者の顔をまじまじと、且つ見ていることが相手にばれないよ うにしながら、見詰めるように。

なんか気持ち悪い人だな。要点は「人の話を聞くのは結構好きだ。」だけだから、そこだけノートにとってください。
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