・アメリカ人学生が日本に来ていたので、数人でカラオケボックスに連れていった。
「日米カラオケ合戦」と誰かが評していたが、そんなに仰々しいものではない。
カラオケは日本の文化、という自負はあったものの、完敗を喫してしまった。
彼(24歳+ヒゲ)の歌う洋楽、ネイティブスピーカーの洋楽があの小宇宙での制空権を握り、観客はヒゲの歌うブリトニー・スピアーズにスタンディングオベーションを浴びせ、彼との間に聳える壁が崩れていくような、それでいて彼が光に似た速さで遠ざかっていくような、そんな空気がボックスを制圧している気がした。
後日、悔しかったので洋楽を久しぶりに聴き漁った。育ってきた環境が違うから、負けるのはしょうがない、などという歌謡曲じみた慰めは今は耳に入らない。洋楽にしか興味を持てないからである。今は。
そしてこの極東の地にまで滲み出している洋楽の海を渡るうち、航海者の多くが一度はたどり着く不思議な入り江に僕は乗り上げた。
その名をMichael Jacksonと云う。
マイケル。皆のマイケル。天下のマイケル。といえば、今や鼻だのネヴァーランドだのといったきな臭いキーワードのみが乱舞し、すっかり色物扱いされている印象を受けるが、彼の絶大なるカリスマ性の前ではその全てが霧消する。
マイケルのダンスは本当に凄いのだ。動きはナイフのように美しく鋭く、立ちこめる妖気は甘美でいて激しい。
人間の体が音に合わせて動くだけで、こんなにも多くの事を語るのか。あれでは体中の皮膚に経文を書き付けるより踊った方が早い。
天上天下唯我独尊、という言葉が、既に数千年もの昔に使われてしまった事が悔やまれる。
そして夜は更け、本来の目的からは外れて、黒も白もないステージとスポットライトに見入るのであった。
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